固定残業代制については、多くの経営者の方の誤解があります。
即ち、固定残業代制を採用したからといって、『残業時間にかかわらずある一定額を払えば足りる』というものではありません。実際に働いた残業時間が一定時間を超えた場合には、その超過分を支払う必要が出てきます。他方、実際に働いた残業時間が一定時間に満たない場合でもあらかじめ定められた固定残業代は支払う必要があるのです。
即ち、会社側にとっては、労働者が少ない残業時間の場合でも一定の残業代(固定残業代)を払う必要があり、労働者が所定の時間よりも多い時間残業した場合にはその超える分の残業時間に見合うだけの残業代を払う必要が出てくるのです。
この意味で、「何時間残業しようと、一定額の残業代の支給で足りる」といういわゆる完全残業代制度はあり得ないのです。年俸制を採用している場合にも同様です。経営者の言い分として、年俸制を採用しているのであるから残業代は発生しないのではないか、という主張を時に耳にしますが、裁判実務では通用しないものです。
更に、「残業代の上限を設けているから、その代わりに基本給を高くしている」という会社もよく目にしますが、これについても裁判所では通用しない言い分であり、基本給の高い低いにかかわらず、残業した時間に応じて残業代は支払われるべきものであり注意が必要です。
では、固定残業代制度を導入するメリットとしては、現実に労働した時間数がその定められた時間数以下の場合には、毎月の割増賃金を逐一計算する必要もなくなる、という程度となります。必ずしも大きなメリットがあるわけではないことを理解しておく必要があるでしょう。
これを理解せずに、完全固定残業代制度を有効であると誤解していた場合には、労働者から不意に未払い残業代の請求を受けることとなり(その主張自体は正当なものです。)、予期せぬトラブルに巻き込まれ、その支払いを余儀なくされ、急激な財務体質の悪化を招きうるでしょう。過去に扱った事例では退職した従業員5名程が集団で未払い残業代請求をしてき、一人当たり過去2年分・約500万円を請求してきたため、合計2500万円ほどの支払いを一気に受けたというものもあります。
安易に固定残業代制度を誤解せず、正しく理解する必要があるでしょう。